【世界遺産を巡る旅】アメリカ前編

アメリカ

こんにちはnemoです。

新シリーズ【世界遺産を巡る旅】始めました。この旅は世界遺産を勉強しながら各国を周る妄想旅です。

【世界遺産を巡る旅】アメリカ

150ヶ国目はアメリカ。2021年10月現在、世界遺産24件(文化遺産11件、自然遺産12件、複合遺産1件)です。

アメリカといえばMLB、NBA、NFL、NHLなどなどスポーツでも有名。特に野球は日本人も活躍してますね。

それではアメリカの世界遺産を見ていきましょう。

メサ・ヴェルデ国立公園

登録:1978年(文化遺産) 登録基準:(ⅲ)

メサ・ヴェルデ国立公園

メサ・ヴェルデ国立公園は、アメリカにあるプエブロインディアンのアナサジ族の残した断崖をくりぬいた一連の集落遺跡群で文化遺産です。

世界遺産としては、最初に登録された12件のうちのひとつです。

集落を築いたのはプエブロインディアンのアナサジ族です。彼らがこの場所に集落を築き、去った理由は今も謎に包まれています。驚くことにプエブロインディアンは、現在でもこのような巨大集団住宅に暮らしているそうです。

クリフ・パレスといわれる「岩窟住居」による集落が公園内最大の遺跡である。200室ほどあり、一番高いところの高さは、4階建て相当にもなるそうです。

独立記念館

登録:1979年(文化遺産) 登録基準:(ⅵ)

独立記念館

独立記念館は、アメリカのフィラデルフィアにあるアメリカ独立宣言が行われた建物で文化遺産です。

1776年7月4日に、建物の広間で、トーマス・ジェファーソンが起草したアメリカ独立宣言が採択され、「自由と平等の国家を作る」というこの宣言は人類史上でも大きな宣言とされ、アメリカ史上最も重要な日となったのです。以後、独立記念館と呼ばれるようになりました。

建物は、赤レンガ造りの2階建てです。上部にはドームや尖塔、鐘楼などがあります。

カホキア墳丘群州立史跡

登録:1982年(文化遺産) 登録基準:(ⅲ)、(ⅳ)

カホキア墳丘群州立史跡は、アメリカにある先住民が築いた大遺跡で文化遺産です。

12~13世紀当時の政治、宗教の中心地であり、人口は1万人に達したと考えられています。防御用と推定される柵で囲まれた遺跡の中心部分には、「中央広場」を囲んで20基ほどのマウンドがあります。マウンドの機能はミシシッピ文化共通の特徴でもありますが、基本的には神殿と考えられます。

また、発掘調査によって墓としても使用されたことが判明しています。墓は被葬者の身分によって様々なタイプがりました。副葬品には、貝殻ビーズ、バイ貝やホラ貝の容器、真珠、打ち出し細工を施した銅板などが見られます。

ラ・フォルタレサとプエルトリコのサンフアン歴史地区

登録:1983年(文化遺産) 登録基準:(ⅵ)

サンフアン

ラ・フォルタレサとプエルトリコのサンフアン歴史地区は、プエルトリコにおける政府官邸、歴史地区で文化遺産です。

ラ・フォルタレサは、サンフアン市街地を防衛するための要塞の役割を持って1533年から1540年の間に建設されました。したがって、サン・フェリペ・デル・モーロ、サン・クリストバル要塞を含む一連の軍事施設でした。カルロス1世の命令により、他のヨーロッパ諸国あるいはカリブ族からの攻撃を防ぐために建設されました。新世界における最古の行政部の建築物です。

スペイン植民地時代は、都市の住民の多くはビエホ・サン・フアンと呼ばれる地域に住みつきました。労働者階級の住宅地が広がり、州庁舎をはじめとするプエルト・リコの中央官庁が立ち並んでいます。ビエホ・サン・フアンの建造物の多くは16世紀から17世紀にかけて建てられたものです。地区内の随所には、市壁や砦をはじめとする歴史的な建造物が現在も残っています。

自由の女神像

登録:1984年(文化遺産) 登録基準:(ⅰ)、(ⅵ)

自由の女神

自由の女神像は、アメリカのニューヨークのリバティ島にある像で文化遺産です。。

自由の女神像はアメリカ合衆国の独立100周年を記念して、独立運動を支援したフランス人の募金によって贈呈され1886年に完成しました。アメリカ合衆国の自由と民主主義の象徴であるとともに、19世紀以来絶えることなく世界各地から観光客が訪れています。

右手には純金で形作られた炎を擁するたいまつを空高く掲げ、左手にはアメリカ合衆国の独立記念日である「1776年7月4日」とローマ数字で刻印された銘板を持っています。

チャコ文化

登録:1987年(文化遺産) 登録基準:(ⅲ)

チャコ文化は、アメリカにある最もプエブロ文化の遺跡が濃密に集中している地域で文化遺産です。

10世紀から12世紀中頃までの間、プエブロインディアンの文化の中心地でした。岩を削って煉瓦を作り、30km先の森から木材を切り出して、壮大な建物が建築されたのです。農耕民族でもあったプエブロインディアンは、天体観測所も建設しました。大規模な集落は15ヶ所ですが、公園内にある遺跡の数は2400ヶ所。発掘が行われているのはほんの一部です。

シャーロッツビルのモンティチェロとバージニア大学

登録:1987年(文化遺産) 登録基準:(ⅰ)、(ⅳ)、(ⅵ)

モンティチェロ

シャーロッツビルのモンティチェロとバージニア大学は、トーマス・ジェファーソンの邸宅と大学があった場所で文化遺産です。

モンティセロは、イタリア語で「小さな丘」を意味し、白いドームを持つ赤煉瓦造りの建物は35もの部屋があります。玄関には、ローマの神殿を模した円柱が6本立ち、パッラーディオ風の古典様式とイギリスの別荘建築様式が調和しています。

1819年に設立したバージニア大学ですが、実際に開校したのは1825年のこと。開校の翌年、ジェファソンはこの世を去ります。ジェファーソンは生前、墓石に3つの碑文を刻むよう望んだといい、その一つが「バージニア大学の父」でした。彼の願いは叶い、墓石には、その名が刻まれています。

タオス・プエブロ

登録:1992年(文化遺産) 登録基準:(ⅳ)

タオス・プエブロ

タオス・プエブロは、アメリカにあるプエブロ部族の古代の集落で文化遺産です。

タオス・プエブロの最も傑出した建築上の特徴は、リオプエブロ川によって二つの部分に分割された、赤褐色のアドビ煉瓦の複数階の団地です。タオス・プエブロのサイトによると、それはおそらく西暦1000年から1450年の間に建設されました。

ポヴァティ・ポイントの記念碑的土構造物群

登録:2014年(文化遺産) 登録基準:(ⅲ)

ポヴァティ・ポイントの記念碑的土構造物群は、アメリカにある先住民族の遺跡で文化遺産です。

ミシシッピ渓谷下流の細長く隆起した狭い地形に位置し、5基のマウンド、浅いくぼみによって区切られ、同心円状に配された6基の反楕円形の土塁、中央の広場などからなります。3700~3100年前に造られ、狩猟・漁労・採集社会が営まれました。

居住地として使用されていたのか、一時的に儀式や市場に使用される集会場としての場ではあったのかは不明ですが、その特異な形から、北アメリカの先住民の歴史において、造形的にも類を見ない土の構造物群である。

サン・アントニオ・ミッションズ

登録:2015年(文化遺産) 登録基準:(ⅱ)

サン・アントニオ・ミッションズは、アメリカにあるキリスト教伝道所で文化遺産です。

建造物群は、18世紀にフランシスコ会ミッションによって建設されたキリスト教伝道所群で、スペイン国王の植民活動や布教活動、そしてスペイン支配地域(ヌエバ・エスパーニャ)の北のフロンティアの防衛活動を象徴するものです。

またサン・アントニオ・ミッションズは、スペイン人と先住民の文化の融合がみられ、カトリックのシンボルと自然崇拝に基づく土着のデザインが融合した教会の装飾など、様々な特徴が残っています。

フランク・ロイド・ライトの20世紀建築作品群

登録:2019年(文化遺産) 登録基準:(ⅱ)

グッゲンハイム美術館

フランク・ロイド・ライトの20世紀建築作品群は、アメリカにあるフランク・ロイド・ライトが手がけた8つの建築作品で文化遺産です。

「近代建築の三大巨匠」と呼ばれるフランク・ロイド・ライトの作品のうちロビー邸、ユニティ・テンプル、タリアセン、バーンズドール邸、落水荘(カウフマン邸)、ジェイコブス邸、タリアセン・ウエストの8つが対象です。

「連続的に多様展開する”ライトの空間”や、鋼鉄・コンクリートといった新素材の使用などを個人宅に採用する現代建築の嚆矢」として評価されました。

まとめ

アメリカの世界遺産を簡単にまとめてみました。いろいろあって興味深いですね。実際に訪れたいです。

早く自由に旅できる日がきてほしいですね!

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