【世界遺産を巡る旅】イギリス前編

イギリス

こんにちはnemoです。

新シリーズ【世界遺産を巡る旅】始めました。この旅は世界遺産を勉強しながら各国を周る妄想旅です。

【世界遺産を巡る旅】イギリス前編

69ヶ国目はイギリス。2021年7月現在、世界遺産31件(文化遺産26件、自然遺産4件、複合遺1件)です。

イギリスと言えばサッカー。プレミアリーグ見に行きたいですね。あとはイングランド、ウェールズ、スコットランド、北アイルランドと周ってみたい。

それではイギリスの世界遺産を見ていきましょう。

グウィネズのエドワード1世の城郭と市壁

登録:1986年(文化遺産) 登録基準:(ⅰ)、(ⅲ)、(ⅳ)

グウィネズのエドワード1世の城郭と市壁は、イギリス・ウェールズにある13世紀に建てられた4つの城の総称で文化遺産です。

ウェールズ公国を征服したイングランド王エドワード1世によって、1283年から1290年代にかけ建設を始めた城ばかりです。全てが軍事要塞の役割を担っており、平定されたとはいえいかにウェールズの反抗が激しかったかを物語るものです。

これらの城の設計はすべてマスター・ジェイムズと呼ばれた一人の建築師(石工の棟梁)によって行われたと言われています。ビューマリス城、カーナーヴォン城、コンウィ城、ハーレフ城で構成されています。

ダラム城と大聖堂

登録:1986年(文化遺産)、2008年拡張 登録基準:(ⅱ)、(ⅳ)、(ⅵ)

ダラム大聖堂

ダラム城と大聖堂は、イングランド北東部のダラム州ダラム市にあるイングランド国教会の大聖堂と城で文化遺産です。

ダラム城はノルマン様式建築の城で1840年より全体がダラム大学学生寮となっています。ノルマン人が好んだ初期モット・アンド・ベーリー型城の秀逸な例であるります。

ダラム大聖堂は1093年に創建され、今もなおキリスト教信仰の中心地としての地位を保っています。ノルマン様式の教会としてはヨーロッパで最も精巧な建築物の例とされています。

アイアンブリッジ峡谷

登録:1986年(文化遺産) 登録基準:(ⅰ)、(ⅱ)、(ⅳ)、(ⅵ)

アイアンブリッジ峡谷は、イングランドのシュロップシャー州にある、セヴァーン川が形作った峡谷で文化遺産です。

ここは産業革命の始まった土地とされています。産業革命はエイブラハム・ダービーがコールブルックデールで、コークスを使って高品質の鉄を作り出す、近代的な製鉄法を発明したことから始まりました。周辺のブローズリー、コールポート、ジャックフィールドといった町とともに、この地域は産業の中心となっていきました。

周辺の敷地を含む屋外博物館アイアンブリッジ渓谷博物館はヨーロッパ産業遺産の道のアンカーポイントの一つとなっています。

ストーンヘンジ、エーヴベリーと関連する遺跡群

登録:1986年(文化遺産) 登録基準:(ⅰ)、(ⅱ)、(ⅲ)

ストーンヘンジ、エーヴベリーと関連する遺跡群は、イングランドのウィルトシャーにある遺跡で文化遺産です。

ストーンヘンジと関連する記念建造物群は、ソールズベリーの南ウィルトシャーに位置している先史時代の巨石建造物群です。登録面積は約26㎢で、ストーンヘンジを中心としています。建造年代は紀元前3000年頃から大きく三期に分けられていますが、建造目的等は諸説あって確定していません。

エーヴベリーと関連する記念建造物群は、北ウィルトシャーにあります。登録面積は22.5㎢で、その名の通りエーヴベリーのヘンジを中心としています。紀元前3千年紀後半の建造と推測されていますが、建造目的等についてはストーンヘンジ同様に諸説あります。

ファウンティンズ修道院遺跡群を含むスタッドリー王立公園

登録:1986年(文化遺産) 登録基準:(ⅰ)、(ⅳ)

ファウンティンズ修道院遺跡群を含むスタッドリー王立公園は、イングランド北部、ノース・ヨークシャーのリポンにあるシトー会の修道院跡、王立公園で文化遺産です。

12世紀に作られた聖堂の身廊と翼廊はフランスのフォントネーのシトー会修道院によく似た構造で、柱頭やコンソールの装飾にはアングロ・ノルマン的な要素が見られます。

13世紀に完成した礼拝堂はイギリスで最初に尖塔アーチで飾られ、従来の清貧を旨とするシトー会の様式とは異なるものとなっています。公園は見栄えのするロマンティックな様式で風景式庭園となっています。

バース市街

登録:1987年(文化遺産) 登録基準:(ⅰ)、(ⅱ)、(ⅳ)

バース市街は、イギリスの南部の単一自治体で文化遺産です。

1世紀頃ローマ帝国の支配下で保養地として繁栄しました。ローマ式の大浴場や神殿が建築されたもののローマが撤退すると一時的に荒廃しました。

18世紀にアン女王がこの地を訪れ、温泉保養地として復活させました。以来、バースは富裕層の社交場となりました。その後建築が進みジョージアン様式の建築物で街を変貌させていったものの19世紀に街の繁栄は衰えて町並みは荒廃してしまいました。現在は改修が進みかつての保養地の姿を取り戻しています。

ローマ帝国の国境線

登録:1987年(文化遺産)、2005年、2008年拡張 登録基準:(ⅱ)、(ⅳ)

ローマ帝国の国境線は、ドイツ、イギリスにあるローマ帝国の繁栄と衰退を残す文化的景観で文化遺産です。

まず1987年にハドリアヌスの長城が登録。次に2005年、ドイツのリーメスであるローマ帝国の長城跡などが拡大登録されました。2008年にはスコットランドのアントニヌスの長城も含まれることになり現在に至ります。

皇帝ハドリアヌスの命で造られたのが、ハドリアヌスの長城。イングランドとスコットランドの国境線近くにあります。

ドイツのライン川からドナウ川まであるのがリーメス(リメス)。ラテン語で境界を意味し、主に長城、物見櫓、城砦の遺跡があります。

アントニヌスの長城は、ハドリアヌスの長城の代わりとして建設されましたが建築物や規模が明らかに劣っています。

ウェストミンスター宮殿、ならびに聖マーガレット教会を含むウェストミンスター寺院

登録:1987年(文化遺産) 登録基準:(ⅰ)、(ⅱ)、(ⅳ)

ウェストミンスター

ウェストミンスター宮殿、ならびに聖マーガレット教会を含むウェストミンスター寺院は、イギリスのロンドン中心部、テムズ川河畔のウェストミンスターに存在する建造物で文化遺産です。

ウェストミンスター宮殿はかつて王宮だった建物は火災で焼失し、現在あるゴシック様式の壮麗な建築は19世紀に再建されたものです。外観はテムズ川対岸からの眺めに重点をおきながら構成されており、議事堂としての威厳を与えるため、河に面した水平で長大な左右対称のファサードをとり、その両端を後方から右側にビッグ・ベンを、そして左側にビクトリアタワーを置くことによって全体のバランスをとっています。

聖マーガレット教会はイングランド国教会の教会です。1509年に東側窓につけられたフランドル製ステンドグラスが有名です。

ウェストミンスター寺院はイングランド国教会の教会です。戴冠式などの王室行事が執り行われ、内部の壁と床には歴代の王や女王、政治家などが多数埋葬されています。

ブレナム宮殿

登録:1987年(文化遺産) 登録基準:(ⅱ)、(ⅳ)

ブレナム宮殿

ブレナム宮殿は、イギリスのオックスフォード近郊にある宮殿で文化遺産です。

本館と柱廊でつながった2つの翼棟からなるイギリス・バロック様式の屋敷は部屋数200以上をもち、庭園の総面積は4600ヘクタールに及びます。建築家ジョン・ヴァンブラの設計により17年の年月をかけ、1722年に完成しました。

庭園も重要な要素で、宮殿完成時には宮廷画家だったヘンリー・ワイズによって設計されたロマン主義的なイギリス式庭園でした。18世紀中頃、ランスロット・ブラウンによって人工湖や運河を配置した風景式庭園に改造され、その後、1925年から1932年のあいだにアシル・デュシェーヌの設計によるル・ノートル様式のフランス庭園に改造され今日に至っています。

カンタベリー大聖堂、聖オーガスティン修道院、聖マーティン教会

登録:1988年(文化遺産) 登録基準:(ⅰ)、(ⅱ)、(ⅵ)

カンタベリー大聖堂

カンタベリー大聖堂、聖オーガスティン修道院、聖マーティン教会は、イギリスのイングランド南東部ケント州のカンタベリーにある教会で文化遺産です。

カンタベリー大聖堂はウィリアム1世の死後、1130年に献堂式が行われ完成しました。1170年に政教分離を巡ってヘンリー2世と対立したカンタベリー大司教トマス・ベケットが殉教し、聖人に列せられたことから、聖地として多くの巡礼者が訪れる場所となりました。1174年、火事により聖堂の内陣が焼け落ち、フランス人建築家ギヨーム・ド・サンスの設計によって初期ゴシック様式に再建され、1379年から
身廊と翼廊が垂直式ゴシック様式で改築されました。

聖オーガスティン修道院はヘンリー8世による修道院解散法によって16世紀に取り壊されてしまいましたが、現在でもかつての姿を偲ばせる建物跡が残っています。

聖マーティン教会は役の教会としてはイングランド最古のもの。6世紀に建てられ、イギリスにキリストの教えを伝えるために、アウグスティヌスはこの教会を中心として布教活動を行いました。

ロンドン塔

登録:1988年(文化遺産) 登録基準:(ⅱ)、(ⅳ)

ロンドン塔

ロンドン塔は、イギリスの首都ロンドンを流れるテムズ川岸、イースト・エンドに築かれた中世の城塞で文化遺産です。

1066年にイングランドを征服したウィリアム征服王が1078年にロンドンを外敵から守るために堅固な要塞の建設を命じ、約20年で現在のホワイト・タワーが完成しました。その後、リチャード1世が城壁の周囲の濠の建設を始め、ヘンリー3世が完成させました。

様々な用途使用されつつ現在も儀礼的な武器などの保管庫、礼拝所などとして使用されている。ロンドンにおいては単に「塔(the Tower)」と称した場合はこの場所を指しています。

まとめ

イギリスの世界遺産を簡単にまとめてみました。数も多いし、見どころたくさんです。ぜひ行ってみたい。

早く自由に旅できる日がきてほしいですね!

全国に店舗あり!トランクルームのキュラーズ

コメント