こんにちはnemoです。
新シリーズ【世界遺産を巡る旅】始めました。この旅は世界遺産を勉強しながら各国を周る妄想旅です。
【世界遺産を巡る旅】ポルトガル
81ヶ国目はポルトガル。2021年8月現在、世界遺産17件(文化遺産16件、自然遺産1件)です。
ポルトガルといえばCR7、大航海時代、大きい国ではないけれど見所多いですよね。行ってみたい。
それではポルトガルの世界遺産を見ていきましょう。
アゾレス諸島のアングラ・ド・エロイズモの中心地区
登録:1983年(文化遺産) 登録基準:(ⅳ)、(ⅵ)
アゾレス諸島のアングラ・ド・エロイズモの中心地区は、ポルトガルのアゾレス諸島にある都市で文化遺産です。
アゾレス諸島は大西洋に浮かぶ火山群島です。アングラ・ド・エロイズモはその立地から大航海時代に、新大陸と旧大陸の中継地として繁栄し聖サルバドル大聖堂、聖ヨハネ要塞、聖フランシスコ修道院などが建設されました。
19世紀の末に、帆船の時代の終わりと要塞は共にその役目を終えましたが、航海の中継基地としての町の役割は今も続きます。
リスボンのジェロニモス修道院とベレンの塔
登録:1983年(文化遺産) 登録基準:(ⅲ)、(ⅵ)
リスボンのジェロニモス修道院とベレンの塔は、ポルトガルの首都リスボンにある文化遺産です。
16世紀ポルトガルで栄えたマヌエル様式の代表的傑作に数えられているだけでなく、かつての大航海時代とポルトガル海上帝国の栄華の記憶をとどめる文化遺産であることが評価され、最初のポルトガルの世界遺産の一つとなりました。
「ポルトガルが誇るマヌエル様式建築の最高傑作」と評されることもあるジェロニモス修道院。特に繊細な彫刻に飾られた回廊や、彫像で飾られた南門柱廊を備えた修道院付属のサンタ・マリア聖堂などが評価されています。
ベレンの塔は航海に関する事物をモチーフとした装飾があしらわれたマヌエル様式建築の傑作のひとつで、作家司馬遼太郎はその優雅さを「テージョ川の貴婦人」と評しました。
バターリャ修道院
登録:1983年(文化遺産) 登録基準:(ⅰ)、(ⅱ)
バターリャ修道院は、ポルトガルのバターリャにある修道院で文化遺産です。
ポルトガルにおける後期ゴシック建築の傑作であり、マヌエル様式も用いられています。バターリャ修道院は、切妻屋根、尖塔と小尖塔、控え壁によって多くの人々を驚嘆させます。
「王の回廊」、「未完の礼拝堂」などがみられるこの修道院は勝利の名にふさわしく12世紀初頭のスペインからのポルトガル独立のシンボルともなっています。
トマールのキリスト教修道院
登録:1983年(文化遺産) 登録基準:(ⅰ)、(ⅵ)
トマールのキリスト教修道院は、ポルトガルのトマールにある修道院で文化遺産です。
トマールのキリスト教修道院は、ロマネスク建築、ゴシック建築、ムデハル様式、マヌエル建築、ルネサンス建築といった様々建築様式が融合した建築物です。
12世紀にテンプル騎士団によって建設されました。14世紀にテンプル騎士団に対して解散命令が出た後、ポルトガルに存在したテンプル騎士団は、キリスト騎士団へと改編され彼らが管轄することとなりました。キリスト騎士団は、大航海時代のポルトガルを支え、ポルトガル海上帝国の礎を築いたことで有名です。
エヴォラ歴史地区
登録:1986年(文化遺産) 登録基準:(ⅱ)、(ⅳ)
エヴォラ歴史地区は、ポルトガル南東部にある街で文化遺産です。
ローマ帝国時代からアレンテージョ地方の中心地として栄え、ルネサンスの時代には、大学もおかれた学芸の都です。1584年9月には、伊東マンショらの天正遣欧少年使節が立ち寄った街でもあります。
2世紀末のローマ時代の遺跡であるディアナ神殿や12~13世紀のロマネスク様式と初期ゴシック建築が融合した大聖堂、16世紀のイエズス会の大学やサン・フランシスコ聖堂などが残っています。
アルコバッサ修道院
登録:1989年(文化遺産) 登録基準:(ⅰ)、(ⅳ)
アルコバッサ修道院は、ポルトガルのアルコバーサにあるシトー会修道院で文化遺産です。
ポルトガル最古のゴシック様式をもつ教会をはじめ中世の建築群がそのまま残っています。
ポルトガル初代国王アフォンソ1世の所願により、1178年に建築が始められました。フランスのシトー派の影響を強く受けています。修道院の正面ファサードは18世紀に改築されたバロック様式ですが、内部はゴシック様式が残り、強い精神性を感じさせます。南の翼廊にはポルトガル文学で悲恋が歌われるペドロ1世と愛妾イネスの墓が並んでいます。
シントラの文化的景観
登録:1989年(文化遺産) 登録基準:(ⅱ)、(ⅳ)、(ⅴ)
シントラの文化的景観は、ポルトガルの都市で文化遺産です。
シントラは、12世紀に、「レコンキスタ(国土回復運動)」を完了しており、14世紀頃には、ポルトガル王室の避暑地になっていたと言われています。そうした歴史を有するシントラには、レコンキスタの名残を見せるイスラム建築なども残されており、独特の景観を形成しています。
ムーア人が築いた城の跡や、ポルトガル王室の夏の離宮など、様々な年代の文化財が集積していることから観光地として有名です。
ポルト歴史地区、ルイス1世橋およびセラ・ド・ピラール修道院
登録:1996年(文化遺産) 登録基準:(ⅳ)
ポルト歴史地区、ルイス1世橋およびセラ・ド・ピラール修道院は、ポルトガルの港湾都市で文化遺産です。
ポルトは、ローマ時代には「ポルトゥス・カレ(カレの港)」と呼ばれ、貿易が盛んな都市でした。この呼び方が、後の「ポルトガル」という国名の由来となりました。
ポルトガルは、14~15世紀にかけての大航海時代に勢力を伸ばします。ポルトガル王ジョアン1世の息子エンリケ航海王子は、ポルトで造られた大船団を率いて各地へ航海に乗り出しました。
聖グレゴリウス聖堂、大聖堂、ポルサ宮、聖フランシスコ聖堂などを含む旧市街地で構成されています。
コア渓谷とシエガ・ベルデの先史時代の岩絵遺跡群
登録:1998年(文化遺産)、2010年拡張 登録基準:(ⅰ)、(ⅲ)
コア渓谷とシエガ・ベルデの先史時代の岩絵遺跡群は、ポルトガルとスペインにある旧石器時代の岩絵のある遺跡で文化遺産です。
ポルトガルのコア渓谷が先に登録となり、その後2010年に同時期のものとしてスペインのシエガ・ベルデが追加登録されました。
1980年代後半にコア渓谷で1万年から2万年前の馬、牛、他の動物、人物、抽象的な図像などの数千に及ぶ線刻画が発見されました。発見当初はこの一帯にはダムをはじめとする水力発電施設の建設が予定されており、遺跡の保存と会わせて論争を産みました。
まとめ
ポルトガルの世界遺産を簡単にまとめてみました。数も多いですが、魅力的なものが多いですね。ゆっくり見て周りたいです。
早く自由に旅できる日がきてほしいですね!
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