こんにちはnemoです。
新シリーズ【世界遺産を巡る旅】始めました。この旅は世界遺産を勉強しながら各国を周る妄想旅です。
【世界遺産を巡る旅】バーレーン
26ヶ国目はバーレーン。2021年5月現在、世界遺産3件(文化遺産3件)です。
バーレーンは正直あまりよく知りません。勉強不足ですね。中東の小国のイメージ。何があるか、有名か全然わからない。
それではバーレーンの世界遺産を見ていきましょう。
バーレーン要塞 – ディルムンの古代の港と首都
登録:2005年(文化遺産) 登録基準:(ⅱ)、(ⅲ)、(ⅳ)
バーレーン要塞 – ディルムンの古代の港と首都は、バーレーンに残る遺跡で文化遺産です。
海に面したこの地は、交易の要衝であることから古来様々な強国に支配されてきました。そのため、遺跡は単にディルムンのものだけではなく、その後のサーサーン朝様式、イスラーム様式、さらには16世紀に入植したポルトガルの様式まで、様々な建築物が積み重なっています。
単にディルムンの遺跡というだけでなく、これほど多彩な様式の建造物群が一箇所の遺跡に蓄積している例は他にはなく、世界遺産登録に際してはその点も評価されました。
真珠採り、島の経済を物語るもの
登録:2012年(文化遺産) 登録基準:(ⅲ)
真珠採り、島の経済を物語るものは、バーレーンのムハッラク島にある建造物の一部と関連する漁場で文化遺産です。
石油発見以前のペルシア湾一帯は天然真珠の一大産地となっており、わけてもバーレーン近海の真珠は高品質と評価されていました。しかし、日本の真珠養殖業の発展や世界恐慌の影響によって壊滅的な打撃を受け、1930年代以降、急速に衰退していきました。
バーレーンのムハッラク島には往時を偲ばせる建造物群が並ぶ「バーレーン真珠採取の道」が残されています。
ディルムンの墳墓群
登録:2019年(文化遺産) 登録基準:(ⅲ)、(ⅳ)
ディルムンの墳墓群は、バーレーン島の北西部に点在する墳墓で文化遺産です。
紀元前2050年〜1750年の間に作られた21の墳墓群です。古来よりこの地は貿易の中継地であり、ディルムン文明として繁栄しました。
【世界遺産を巡る旅】カタール
27ヶ国目はカタール。2021年5月現在、世界遺産1件(文化遺産1件)です。
カタールは空港のみ利用したことがあります。ドーハの悲劇でもおなじみです。空港は規模も大きく綺麗ですね。街もどんどん発展しているんでしょうか。ゆっくり見て周りたいところ。
それではカタールの世界遺産を見ていきましょう。
アル=ズバラの考古遺跡
登録:2013年(文化遺産) 登録基準:(ⅲ)、(ⅳ)、(ⅴ)
アル=ズバラの考古遺跡は、カタールのエスファハーンにある会衆のモスクで文化遺産です。
城壁に囲まれた港町で、18世紀後半以降、インド洋と西アジアとを結ぶ真珠産業と交易で栄えたが、1811年に破壊され、20世紀には放棄されました。
いまだ宮殿やモスク、街路、中庭住宅、漁師小屋、墓地などが砂に埋もれていますが、一部の遺跡は発掘されており、都市交易と真珠採りの伝統を物語るものとなっています。
【世界遺産を巡る旅】UAE
28ヶ国目はアラブ首長国連邦。2021年5月現在、世界遺産1件(文化遺産1件)です。
UAEと言えばドバイの印象が強いですが、他にもいろいろありますね。砂漠と超高層ビルの組み合わせがなかなかいいかも。
それではUAEの世界遺産を見ていきましょう。
アル・アインの文化的遺跡群(ハフィート、ヒーリー、ビダー・ビント・サウドとオアシス群)
登録:2011年(文化遺産) 登録基準:(ⅲ)、(ⅳ)、(ⅴ)
アル・アインの文化的遺跡群(ハフィート、ヒーリー、ビダー・ビント・サウドとオアシス群)は、アラブ首長国連邦のアブダビ首長国第2の都市アル・アインおよび周辺に点在するで文化遺産です。
古代ペルシア湾沿岸に展開し、メソポタミア文明やインダス文明の諸都市と交流を持っていたウンム・アン=ナール文化の遺跡群などが対象です。ハフィート、ヒリ、ビダ・ビント・サウドとオアシス地域で構成されています。
砂漠地域における先史時代から現代に至る生活様式の歴史的変遷や、持続可能性を伝える点などが評価されました。
【世界遺産を巡る旅】オマーン
29ヶ国目はオマーン。2021年5月現在、世界遺産4件(文化遺産4件)です。自然遺産1件が抹消されています。
オマーンもあまりなじみのない国。ちょっと行ってみようかなと思ってましたが、はたしてどうなんでしょうね。
それではオマーンの世界遺産を見ていきましょう。
バハラ城塞
登録:1987年(文化遺産) 登録基準:(ⅳ)
バハラ城塞は、オマーンのアフダル山の麓に位置する四つの歴史的城塞の一つで文化遺産です。
建造されたのは13世紀から14世紀にかけてのことで、当時のバハラはオアシス都市としての繁栄を享受していました。遊牧民やペルシア人の攻撃、略奪から自衛するために砦や城塞が発達しました。
バハラ城塞は、近隣のイズキ、ニズワ、少し北に離れたルスタクの各城塞とともに、ハワーリジュ派の中心拠点となっていました。
日干し煉瓦で耐久性がなく、一時は危機遺産にも登録されていました。
バット、アル=フトゥム、アル=アインの考古遺跡群
登録:2017年(文化遺産) 登録基準:(ⅲ)、(ⅴ)
バット、アル=フトゥム、アル=アインの考古遺跡群は、オマーンにある考古遺跡群で文化遺産です。
かつてこの地にあったマガン国は、紀元前2500年ごろからアフダル山地で銅の採掘を行い、メソポタミアと交易することで富を得ていたと言われています。
遺跡群の発掘は、銅山とメソポタミアの関係などを解明するために進められていました。マガン国の住居跡などの遺跡が多数点在していますが、多くはほとんど加工の施されていない扁平な石を積み上げたものです。
乳香の土地
登録:2000年(文化遺産) 登録基準:(ⅲ)、(ⅴ)
乳香の土地は、オマーンのドファール特別行政区内にあるオアシス都市遺跡、港湾遺跡、交易路跡や乳香の群生地で文化遺産です。
乳香(フランキンセンス)は、クレオパトラやシバの女王も好んだといわれています。古代の乳香交易の様子と中世の要塞の様子とを今に伝える、優れた遺跡群であることが評価されました。
シスルの考古遺跡、ホール・ルーリの考古遺跡と自然環境、アル=バリードの考古遺跡、ワジ・ダウカの乳香公園が登録されています。
オマーンの灌漑システム‐アフラジ
登録:2006年(文化遺産) 登録基準:(ⅴ)
オマーンの灌漑システム‐アフラジは、オマーンの地下水路を利用する灌漑システムで文化遺産です。
紀元前にはすでに使われていたとされているが、詳細は分かっていません。オマーン国内に数あるファラジの中でも最大級のファラジ・アル=マルキ、最古級とされるファラジ・ダリスなど、特筆すべき5つのファラジの水源、水路、周辺施設を世界遺産として登録されました。
アラビアオリックスの保護区(抹消)
登録:1994年(自然遺産) 登録基準:(ⅹ)→2007年に抹消
野生種が絶滅したアラビアオリックスを野生に近い状態で保護・育成することを企図した保護区です。1994年にユネスコの世界遺産に登録されましたが、環境の悪化とオマーン国内での決定に関連して、2007年に世界遺産リストから抹消されました。世界遺産のなかで登録を抹消された物件は、本件が最初です。
まとめ
中東4ヶ国の世界遺産を簡単にまとめてみました。あまり印象の強くない国もありますが、機会があれば行ってみたいです。まだまだ知らないもののたくさんありますね。
早く自由に旅できる日がきてほしいですね!
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