【世界遺産を巡る旅】インド中編

インド

こんにちはnemoです。

新シリーズ【世界遺産を巡る旅】始めました。この旅は世界遺産を勉強しながら各国を周る妄想旅です。

【世界遺産を巡る旅】インド中編

16ヶ国目はインド。2021年5月現在、世界遺産38件(文化遺産30件、自然遺産7件、複合遺産1件)です。

さすがインド。結構数が多いですね。引き続きインドを見ていきましょう。インドは結構広いので、北と南ではだいぶ印象も変わるんだろうなと思います。インド一周旅行なんて面白そう。

それではインドの世界遺産を見ていきましょう。

サーンチーの仏教建造物群

登録:1989年(文化遺産) 登録基準:(ⅰ)、(ⅱ)、(ⅲ)、(ⅳ)、(ⅵ)

サーンチーの仏教建造物群は、インドのマの中部にあるマディヤ・プラデーシュ州にある仏教遺跡で文化遺産です。

紀元前3~1世紀ごろにかけて建てられた50を超えるストゥーパや寺院などが残っていおり、その中でもインド古代史の上で最初の統一国家であるマウリヤ朝の最盛期を築いたアショーカ王が建立した第1ストゥーパが最古のものです。ブッダの生誕から涅槃までの一生を描いた仏教説話などの彫刻があります。

デリーのフマーユーン廟

登録:1993年(文化遺産) 登録基準:(ⅱ)、(ⅳ)

フマーユーン廟

デリーのフマーユーン廟は、インドのデリーにあるムガル帝国の第2代皇帝フマーユーンの墓廟で文化遺産です。

ムガル帝国第2代皇帝フマーユーンが亡くなった後、王妃により建設されました。タージ・マハルにも影響を与えたと言われる建築です。典型的な庭園霊廟で、庭園も建物も左右対称の「庭園の中の廟」といわれる、インド初のムガール様式の霊廟となっています。

デリーのクトゥブ・ミナールとその建造物群

登録:1993年(文化遺産) 登録基準:(ⅳ)

クトゥブ・ミナール

デリーのクトゥブ・ミナールとその建造物群は、インドのデリーにあるミナレットで文化遺産です。

1200年ごろに奴隷王朝の建国者であるクトゥブッディーン・アイバクによって、クワットゥル・イスラーム・モスク(クトゥブ・モスクともいう)に付属して建てられました。ヒンドゥー様式とイスラーム様式が混在した様式となっており、インド最古のミナレットとされています。

高さが72.5mあり、かつては世界で最も高いミナレットでした。地震や落雷などで先端が崩れた後に修復してあり、当初は100mほどの高さがあったようです。

インドの山岳鉄道群

登録:1999年(文化遺産) 2005年、2008年拡張 登録基準:(ⅱ)、(ⅳ)

山岳鉄道

インドの山岳鉄道群は、インドのの山岳部を走る鉄道を対象とするもので文化遺産です。

紅茶の産地ダージリンから茶葉を輸出するために、インドを植民地としていた英国が1881年に茶の運送用に建設しました。世界初の、そして今なお最も傑出した山岳輸送鉄道です。

1999年にダージリン・ヒマラヤ鉄道が登録され、2005年にニルギリ山岳鉄道、2008年にはカールカー=シムラー鉄道が追加されました。

ブッダガヤの大菩提寺

登録:2002年(文化遺産) 登録基準:(ⅰ)、(ⅱ)、(ⅲ)、(ⅳ)、(ⅵ)

ブッダガヤの大菩提寺

ブッダガヤの大菩提寺は、インドのブッダガヤにある寺院で文化遺産です。

釈迦牟尼が悟りを開いた場所です。マウリヤ朝のアショーカ王が紀元前3世紀に建立したと伝えられ、7世紀にはほぼ現在の形になったといわれています。古い煉瓦構造建築様式の1つで、9層からなり、52メートルの高さがあります。

ビームベートカーの岩陰遺跡

登録:2003年(文化遺産) 登録基準:(ⅲ)、(ⅴ)

ビームベートカーの岩陰遺跡は、インド中部に残る旧石器時代の岩陰遺跡で文化遺産です。

インド亜大陸における人類の最初期の痕跡から、インドの石器時代初期までの様子を伝えるものです。岩陰遺跡のいくつかでは、ホモ・エレクトゥスが少なくとも10万年以上暮らしていました。

ビームベートカーの岩陰遺跡に残る石器時代の岩絵には、3万年前のものも含まれています。洞窟は、初期の踊りの痕跡も伝えています。

チャトラパティ・シヴァージー・ターミナス(旧ヴィクトリア駅)

登録:2004年(文化遺産) 登録基準:(ⅱ)、(ⅳ)

チャトラパティ・シヴァージー・ターミナス

チャトラパティ・シヴァージー・ターミナス(旧ヴィクトリア駅)は、インドのムンバイにある鉄道の駅で文化遺産です。

フレデリック・ウィリアム・スティーヴンスによって設計。ヴェネツィア・ゴシック建築様式で、建設工事は1878年に開始され、1887年に完成しました。元々ヴィクトリア駅と呼ばれていましたが、改名論議の一環として1996年にチャトラパティ・シヴァージー・ターミナスへと改名されました。

チャーンパーネール・パーヴァーガド遺跡公園

登録:2004年(文化遺産) 登録基準:(ⅲ)、(ⅳ)、(ⅴ)、(ⅵ)

チャーンパーネール・パーヴァーガド遺跡公園は、インドのマディヤ・プラデーシュ州の小都市で文化遺産です。

銅器時代からヒンドゥー王朝の要塞、イスラーム王朝である16世紀のグジャラート・スルターン朝の首都にいたる長きに渡る土地利用を示す遺跡群です。なかでもヒンドゥー教のカーリーカマタ寺院は、現在でも通年多数の巡礼者が訪れる重要な聖地である。

赤い城の建造物群

登録:2007年(文化遺産) 登録基準:(ⅱ)、(ⅲ)、(ⅵ)

レッド・フォート

赤い城の建造物群は、インドのデリーにあるムガル帝国時代の城塞で文化遺産です。

ムガル帝国第5代皇帝シャー・ジャハーンが居城として築いたものです。1639年から9年をかけて1648年に完成。名称の由来ともなった城壁の赤い色は、建材として用いられた赤砂岩のものです。隣接するサリームガル城と併せて登録されました。

イギリスの植民地となった時には、この城は接収され軍事施設として利用されていました。インド独立後にはインド軍の施設となり、城の一部は今も軍事施設として一般の人の立ち入りが禁止されています。

ジャイプルのジャンタル・マンタル

登録:2010年(文化遺産) 登録基準:(ⅱ)、(ⅳ)、(ⅵ)

ジャンタル・マンタル

ジャイプルのジャンタル・マンタルは、インドのジャイプルにある天文台で文化遺産です。

天文学者で占星術にも造詣の深かったムガル帝国のラージプート族カチワーハー家の当主、マハーラージャ・ジャイ・シング2世によって、1728年から1734年に建てられました。

天文学や占星術に使用する12の観測機があり、いずれも天体望遠鏡が発達する以前の技術で建設されたものです。太陽や月の運行を計測する観測器が並んおり、非常に精密かつ巨大で当時の最先端の天文技術と建築技術を駆使して造られたものということが伺えます。

ラージャスターンの丘陵城塞群

登録:2013年(文化遺産) 登録基準:(ⅱ)、(ⅲ)

アンベール城

ラージャスターンの丘陵城塞群は、インドのラージャスターン州に残る6つの城塞で文化遺産です。

8世紀から18世紀までのラージプート諸王国の繁栄を伝える建物であり、その建築と文化的伝統上の意義が評価されて登録されました。これらの城塞には王宮のほか、交易所や市街地、ヒンドゥー教やジャイナ教の宗教建築などが残り、政治の中心というだけでなく、文化や学問の中心としても機能していました。

グジャラート州パータンのラーニー・キ・ヴァーヴ(王妃の階段井戸)

登録:2014年(文化遺産) 登録基準:(ⅰ)、(ⅳ)

グジャラート州パータンのラーニー・キ・ヴァーヴ(王妃の階段井戸)は、インド西部グジャラート州のパータンに残る階段井戸で文化遺産です。

ラーニー・キ・ヴァーヴは、ラージプート諸王朝のひとつ、チャウルキヤ朝のビーマデーヴァ1世の亡き後、彼を偲んで王妃ウダヤマティが11世紀中に建造したものです。

インドの階段井戸は井戸と名が付いてはいるものの、日本語の「井戸」から想起される構造物からは乖離しているとしばしば言われ、実際にはヒンドゥー教やイスラームとも結びついた「神殿」のような建物です。レリーフに描かれた彫刻は大きなものだけで500体以上、小さいものも含むと1500にもなります。

ビハール州ナーランダーのナーランダー・マハーヴィハーラ考古遺跡

登録:1987年(文化遺産)、2004年拡張 登録基準:(ⅰ)、(ⅱ)、(ⅲ)、(ⅳ)

ビハール州ナーランダーのナーランダー・マハーヴィハーラ考古遺跡は、インドビハール州、ナーランダ中部にある遺跡で文化遺産です。

紀元前3世紀から後13世紀にかけて運営された、修道的・教育的な機関の考古学的遺構です。ナーランダの大学は、インド亜大陸において最古の大学として顕著な存在で、ここでは800年も途切れることなく系統的な知識の伝達が続けらました。

広大な敷地内には、ストゥーパ(仏塔)、チャイティヤ(祠堂)、ヴィハーラ(僧院)などの僧院跡、寺院跡が残っています。

まとめ

インドの世界遺産を簡単にまとめてみました。知らないものの、行ってみたいなぁと思うものが多いです。

早く自由に旅できる日がきてほしいですね!

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